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楽理一般がメイン、一応。とはいえ書いているヤツは素人ですので、誤解・勘違い・間違いも多いかと思います。色々教えてください!
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元々は東川誠一『旋法論 楽理の探究』を読んでいたのだが
ティンクトリスなどグレゴリオ聖歌の時代に通用していた
音楽理論を扱った本だということもあって
今日とは異なる階名の用法(「シ」がない)を前提に
議論が展開するとオイラには読めなくなってしまった

そこで、同じく東川『シャープとフラットのはなし―読譜法の今昔』に手を出した
冒頭の「序にかえて」は(それこそ古い階名が分からないと)
訳の分からない話で、実際その昔読もうとして挫折したのだが
(だから、現代の読者には「序にかえて」は序としてふさわしくないと思う)
『旋法論』を読むためにはやむなし、と覚悟を決めて(大げさだな)
その「序にかえて」を飛ばして読んでみると、これが実に面白い!

まだ読みかけながら、今日の慣習とは違うこともあるので
以下、備忘録として気になったところを記録しておく
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先日、レンタルで借りた『医龍2』を見ていたとき
サントラでクロマチックな下行がカッコいい曲を見つけた

で、採譜しようとその曲を探すべく見直したのだが
見つからない

クロマチックな下行フレーズを使った曲自体は
2曲見つかったのだが、オイラの記憶にある曲とは
何か違う印象……
昨年偶然テレビで見た『医龍3』がおもしろかったので
レンタルで『医龍』を見るようになったのだが
『医龍3』の時はあまり意識していなかったサウンドトラックが
なかなかよくできていると感心した
『医龍』で特に感心したのはベースがやたらうまいこと
エレクトリック・ベースの比較的ハイ・ポジションを
スラップでメロディアスに奏でたフレーズが
とにかくかっこいいのだ

オイラがベースを弾くようになったきっかけは
1987年に偶然FMで聴いたマイルス・デイヴィス・グループの
ライヴでベースを担当していたダリル・ジョーンズによる
スラップ奏法を聴いたからなのだが
その後自分なりにベースを弾いてみて特に難しいのが
高音弦を親指で叩いてまともに音を出すことだ
低音弦を叩いて音を出す分にはそんなに難しいことはないし
耐久力勝負とされる押弦する手による全弦叩きのミュート奏法は
慣れるとむしろ簡単なだけではなく、弾いていない弦が
共鳴してしまっても、ミュート奏法で〈ごまかす〉ことで
むしろフレーズがカッコ良くなってしまう! という面もあるのだが
ハイポジション、高音弦で真のある音を叩いて出せないと
メロディアスなフレーズをプレイしてもフレーズが引き立たないし
プラッキングの音ではニュアンスが出せないため
これは未だに苦労している

まぁ、エフェクターやイコライジングで金属的な音を作れば
トゥー・フィンガーでもスラップに近いニュアンスは出せるものの
スラップ奏法主体で弾いている中、ハイ・ポジションでトゥー・フィンガー……
これも結局難しい
だったら一貫してスラップのままの方が楽なのだが
ハイ・ポジションで叩いても「あの」音が出ないのだな

『医龍』のサントラでは、シーンに応じたせいぜい数十秒のフレーズだが
その間ずっとハイ・ポジションでメロディアスなスラップが続くのだから
「このベーシスト、めちゃくちゃ上手いなぁ」と、関心していた

で、レンタルを続けて『医龍2』に進んだのだが
またまた「こりゃ凄い!」と驚いてしまった
東川誠一『旋法論』をなかなか読み進められない

いや、かなりおもしろい内容なんですが
譜例を見ても分からないんですよね

ソルフェージュができないので
譜例で示されていることを読んでもピンとこない
当然それでは議論に付いていけないので
譜例を譜面エディタに打ち込んでプレイバックを聞いて
「あ、なるほど、そういうことね」と納得したい

ところが、これがやたら手間取るのですよ
濱瀬元彦の名前は以前から気になっていたし
実際『ブルーノートと調性』って本も買ったが
おいらの知識が未熟過ぎて読みこなせなかった
というか、まるっきり読めていない

では、なぜ濱瀬の本が気になったのかというと
ようはオイラがいじけただけなのだが
理論や五線譜表記の慣習が分からないまま
自分で作編曲して譜面を書いたら
「こんなの読めない」とか
「こうきたら普通こうでしょ? あんたの曲はこうだよ? ね? 変でしょ!」
などと言われたものの
オイラにはなんのことやらさっぱり理解できなかったことから

・人様と共演すべく譜面を書くからには知っていなければならないことが相当あるらしい

と気づかされた
他方、上記のようなことを言う人以外は
はっきり言ってオイラと同程度かそれ以下の知識しかないまま
バンド活動しているのを実際目にしていたこともあり

・慣習に即して細部が違う程度の音楽なら知識不要らしい
・なまじっか自分なりに何かをする場合には、慣習との渡りを付けなければならないらしい

と見当を付け、自分なりにポピュラー系の
楽理本を読んでみたのだが、はっきりいって訳が分からず
濱瀬の本もそういう訳の分からない本の一冊だった訳だ

幸い、その後東川清一『だれも知らなかった楽典の話』を読み
ようやく音楽の基本的なことが分かった気になり
ポピュラー系の楽理本も初歩的なことなら理解できるようになったが
ちょっと突っ込んだ話になるとポピュラー系楽理が理屈になっているとは思えず
(つまり、説明が説明になっているようには到底思えず)
東川体験を思いだし、いっそクラシック系の本を読んだ方が
まだ理屈になっていて理解できるのでは? と思うようになり
最近ではシェーンベルクや、やはり東川『旋法論』を読んでる次第

ともかく、そういう経緯で濱瀬の名前に接していた程度なので
音楽学者としては何やら良く分からない議論を展開している人
という認識はあったものの、ミュージシャンとしてはさほど注意していなかった

ところが、偶然ローランドのメルマガで濱瀬の名前を目にし
なんと最近アルバムを出したというので、試しに買って聞いてみた

うーん、どういうんだろう?

感涙にむせぶようなことはないし
かと言ってけっしてコマーシャルな音楽にも思えなかったものの
良質なBGMというか、ソロの出だしがスケール練習のように聞こえたりとか
なんてんだろうなぁ?
内包のない、外延だけの音楽、のように聞こえたのだが
ともかく、スケール練習のように聞こえるソロの出だしも
展開していくとおもしろくなってくるし
きっと、感覚・感性だけで音楽をすることをよしとせず
理屈の裏付けをして、全て理解しないと気が済まない!
という態度で臨むことで、それこそスケール練習っぽいフレーズは
「何もかくしてないぞ、このスケールの曲だぞ」と
明確に提示しているのかもしれない、という気がする
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HN:
べぇす
性別:
男性
趣味:
音楽(素人レベル)
自己紹介:
一応趣味でベースを弾く。

……けど、だれだっていいじゃん、オイラなんか!


◎音楽関係のプロフィール
・ベース歴: 15年以上
・譜面の読み書き: 不自由
・初見演奏: 無理
・利用譜面エディタ: Allegro 2007→Finale 2010
・利用DTMソフト: Music Creator 2

※楽理関係を扱ったことを書いていますが、上記のように音楽については素人です。書かれている内容を鵜呑みにされないよう、ご注意ください。
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